留学先で出会った再生医療研究。変形性膝関節症の新たな治療を目指して

01 急速に広がりつつある第3の治療法 ―再生医療―

変形性膝関節症とは膝の軟骨がすり減り、強い痛みや動かしづらさを引き起こす疾患である。既に症状を伴う顕在患者数は国内で約800万人。痛みなどの自覚症状はないものの、画像検査で変形が確認される潜在患者数は約2,500万人になると言われ、井石講師は「これはもはや、国民病のひとつ」と話す。 

治療法はまず関節内注射や疼痛コントロール、筋力トレーニングなどの保存治療から始まり、症状が進むと人工関節置換術や骨切り術の手術が検討される。そうした中、近年、第3の治療法として急速に広がりつつあるのが、患者自身の血液や幹細胞を用いる「再生医療」である。井石講師は整形外科領域でこの再生医療に力を注いでいる。「アメリカ留学で偶然入った研究室が変形性膝関節症の再生医療の基礎研究をしていたんです」。それがこの研究に取り組むきっかけとなり、帰国後も臨床をしなから研究を続けている。実は、兵庫医科大学は、再生医療のひとつである自家培養軟骨移植術(ジャック)において、国内での症例数が群を抜いている※。この治療法は、若年層の外傷による軟骨損傷には移植がスタートしていたが、中高年齢者の変形性膝関節症に適用できるかどうかについては長く調査の対象となっていた。井石講師はその臨床研究に携わったひとりである。2026年1月、ジャックは変形性膝関節症に対する治療として公的医療保険の対象となり、患者の期待が高まっている。 

※2026年1月~6月の全国症例のうち35%を担う(膝周囲骨切術併用を含む/手術予定も含む)

02 患者さんの治療後を追う責任 ―予後の検証・評価―

「自家培養軟骨移植術(ジャック)」が手術による再生医療であるのに対し、「幹細胞治療」と「PRP療法」は注射によって行う再生医療である。手術に比べて身体への負担が小さいことから、侵襲の少ない治療法として注目されている。井石講師は約3年前から、本学で幹細胞の基礎研究を進めている。「当初はこの研究を行う土壌がなく、研究室を立ち上げ、解析できる環境を整え、研究費を集めるなどゼロからのスタートでした」と振り返る。そんな井石講師の研究の特徴は、軟骨の再生だけでなく、痛みのメカニズムまで含めて再生医療の効果を評価している点にある。変形性膝関節症では、膝関節の変化だけでなく、脊髄を介した神経回路が痛みの発生に深く関わると考えられている。井石講師は痛みが脊髄でどのように伝達されているかを評価できる動物モデルを用い、再生医療の効果を検証している。  

 「変形性膝関節症は結局のところ、患者さんの自覚症状が病状に直結します。つまり、どんなに膝の組織がきれいになっても、痛みが取れなければ意味がないんです」。技術の進歩に伴い、さまざまな治療に再生医療が用いられるようになってきたが、この分野はまだ効果を裏付けるエビデンスが十分とは言えない。井石講師は「治療後に患者さんが実際にどう感じているのかを検証していくことも大学病院の責務」と話す。「兵庫医大の強みは多様な治療法を持っていること。患者さんにとってベストな治療法を選択し、その過程を通じて再生医療の社会実装を目指したい」と先を見る。

PROFILE

兵庫医科大学 医学部 整形外科学 講師

井石 智也 Iseki Tomoya

井石 智也

兵庫医科大学医学部医学科卒業、兵庫医科大学大学院 医学研究科修了 。2016年~2019年ピッツバーグ大学 Center for Cellular and Molecular Engineeringに留学。専門分野は整形外科。研究テーマに「変形性膝関節症に対する間葉系幹細胞(MSC)の除痛メカニズムの解明」、「自己生体組織接着剤の軟骨関連細胞の分化・増殖に関する研究」などがある。