01 誰もやっていない仕事をしてみたい
HIV感染症専門薬剤師とは、その名の通り、HIV感染症の患者さんが適切に薬を服用できるよう支援する仕事です。
私が入職して間もない頃、がんや感染症の専門薬剤師はいたものの、HIV感染症の専門薬剤師はいませんでした。そこで私は「誰もやっていないことをやってみたい」という思いから手を挙げ、それから約17年、この分野に関わり続けています。新しい仕事への関心から足を踏み入れましたが、取り組むほどに、薬剤師が力を発揮できる場面が多く、やりがいを感じています。

近年、抗HIV治療薬の進歩により、HIV感染症は治療可能な慢性疾患となりました。しかし、AIDSの発症を防ぐためには、原則として薬を決められた通りに継続して服用することが欠かせません。患者さんご自身が治療内容をよく理解し、積極的に服薬に取り組めるよう私たちがサポートすることが大切です。
抗HIV治療薬は今でこそシンプルになりましたが、当時は種類が多く、その中から患者さんにとって最適な薬を検討するところから始まりました。服用回数や時間、副作用の違いなどを踏まえ、患者さんの生活スタイルに合わせた薬を一緒に検討していったのです。最終的な決定は医師が行いますが、他の疾患とは異なり、薬剤師が薬の選択まで踏み込めるプロセスにはやりがいがあります。
02 「薬薬連携」構築の意義と道のり
HIV感染症の患者さんの多くは外来で治療を受けているため、薬の継続的な服用のためには、病院だけでなく、処方箋を介して日頃から患者さんに接している保険薬局との協力が不可欠です。検査結果の数値など病院でしか得られない情報、服用状況などの薬局でしか得られない情報を、病院薬剤師と薬局薬剤師が共有して支援する仕組み。それが「薬薬連携」です。
現在では、病院薬剤師と保険薬局の薬剤師が患者情報をトレーシングレポート※で共有していますが、当時はフォーマットも運用方法もなくゼロからの構築でした。HIVに対する偏見への配慮も必要で、トレーシングレポートには患者さんの氏名やIDを記載せず、連携する薬局と病院薬剤部だけが共有する独自の連携番号を導入するなど、個人情報の扱いには特に気を配りました。保険薬局では抗HIV治療薬のみを扱っているわけではないので、疾患や薬について理解してもらい、協力してもらうまでに3年ほど時間を要したでしょうか。
現在、薬の進歩によりAIDSの発症は抑えられるようになっています。しかしそれは、治療を長く続ける患者さんが増えているということでもあります。高齢化に伴い他の病気を併発するケースもあり、これからは薬局薬剤師と連携しながら、増加する患者さん一人ひとりをより丁寧にフォローしていきたいと思っています。

03 患者さんからの感謝が喜びに
あるとき、転居に伴い県外の病院へ転院される患者さんが挨拶に来られました。薬の説明や相談などの用もなく、わざわざ会いに来てくださったのです。その方とは4~5年のお付き合いだったでしょうか。「今までありがとうございました」と言ってくださったことが本当にうれしかったです。自分としては当たり前のことをしていただけですが、「少しでも力になれていたんだな」と心に響くものがありました。
また、この分野に長く携わってきたことで、院外で指導的な役割を担う機会も増えています。薬薬連携という仕組みを、まだ導入していない施設へ紹介・普及する取り組みや、若い薬剤師に専門薬剤師の仕事を知ってもらう活動にも力を入れています。こうした取り組みが、最終的には患者さんを支えることにつながると思うからです。
※トレーシングレポート
保険薬局の薬剤師が患者から聞き取った、緊急性は低いが医師に共有すべき情報(アドヒアランス、副作用、残薬、OTC薬の併用など)を医師に伝えるための文書
PROFILE
兵庫医科大学病院 薬剤部 課長
日笠 真一 Shinichi Higasa
HIV感染症専門薬剤師。 2006年、大阪大学薬学部卒業し、同年、兵庫医科大学病院薬剤部に入職。
調剤、製剤、病棟業務などを経て、現在は急性医療総合センターにてプレイングマネージャーとして勤務し、 ICU、EICU、NICUなどをはじめとする集中治療部門を担当。 HIV感染症の薬剤師業務も兼任。 休日は子どもたちと釣りにでかけるなど、家族との時間を楽しむ。




