01 外科医の原点となった師の教え
愛媛県で生まれ育ち、小さい頃から外科医になろうと思っていました。両親はふたりとも教師で周囲に医者はいなかったので、親戚の「尚くんは将来、外科のお医者さんになるんだよね」という言葉にのせられたのでしょう。とはいえ田舎なので、小中学生の頃は友達と遊ぶほうが楽しく、高校生になり模試で全国が視野に入った時に「これはまずいぞ」と勉強を始め、徳島大学に進学しました。
私の外科医としての歩みにもっとも影響を与えたのは、最初の赴任先である兵庫県立尼崎病院で出会った牧野尚彦先生です。外科医は最初にどのような教育を受けるかでその後が決まると言っても過言ではありません。牧野先生のご指導がなければ今の私はなかったと思います。なかでも「心底から信頼し協力してくれるスタッフを育成しないかぎり、病院という組織の中で外科医として大成することはできない。そのためには技術のみならず、自らの全人格を傾注しなくてはならない」という教えは、牧野先生ご自身が実践されていたからこそ、強い印象とともに私の原点になっています。

02 心に留める2つの指針
仕事をするうえで羅針盤にしているのは、「本質は何か、大義はあるか、覚悟はしたか」という3つの問いです。ある行動をとるかどうか迷ったとき、それが根底から真に正しいことか、利益や欲求を越えた正当な目的があるか、そして結果に対して責任を全うする決意ができているかを自らに確認しています。こうした自問自答の上で行動すれば、たとえ望まない結果に終わっても納得できるし、後悔しないからです。
また、「その組織の中で必要とされる人材になる」というポリシーもあります。これは所属する組織の中で自分がどう振る舞えばその組織はプレゼンスが上がるのかを意味しています。人は自分の貢献が組織に価値をもたらし、認められる環境で働くことに誇りを感じるものです。そこに役職やポジションは関係ありません。「兵庫医科大学の篠原です」という言葉に揺るぎないプライドを持つために力を注ぎたいと思います。その方法として、新しい手術、AIの導入、診療システムの構築など他の大学や病院がまだやっていない取り組みがありますが、労力やコストをかけなくてもできることがあります。多くの人とコミュニケーションをとり、廊下を歩くときに「おはようございます!」「こんにちは!」と笑顔で言うことです。組織に誇りを持つのはまず私たちがいきいきと働くことからでしょう。
03 絵を描く技量を医療に還元
外科医5年目で出版した著書『イラストレイテッド外科手術』の発行部数は、累計約42,000部となり、英語や中国語,韓国語にも翻訳されました。掲載したイラストは、手術から引き出した三次元の解剖情報を二次元で再構築し図化したものです。思えば私は幼少期から、ものを見たらチラシの裏紙に鉛筆で輪郭を描いていました。両親から授かったこの特技を医学に還元できることに感謝しています。工夫した点はいくつかありますが、もっとも意識したのは「どのイラストにおいても曖昧な線は一本たりとも引かない」ことです。線には始点と終点があり、一度線をひき始めたら止めるときは意図、あるいは理由を持たないといけません。そこをごまかすときれいな絵は描けますが手術では役に立ちません。「手術の設計図」とはそういうものです。ただし,2010年に改訂した第3版は,昨年3月で絶版にしました。昨今の内視鏡やロボットを使った手術によって見えてきた真実の解剖との「ずれ」を見過ごせなくなったためです。
今後やり遂げたい仕事のひとつに、「悪性腫瘍の国際分類の深達度に関する表記をより正確なものに書き換える」という取り組みがあります。TNM分類のT3は手術可能な段階だからこそいっそう慎重な診断が求められます。絵を描き起こしていると、その定義の表現を変える必要性が見えてきたのです。

PROFILE
兵庫医科大学病院 副院長
上部消化管外科 主任教授
篠原 尚 Hisashi Shinohara
1989年徳島大学医学部卒業。米テキサス大学 MD アンダーソンがんセンター留学、 虎の門病院消化器外科医長、京都大学大学院医学研究科消化管外科学准教授などを経て、2016年から現職。
第15回 日本内視鏡外科学会大上賞 受賞。特技は絵を描くこと。趣味はキャンプ、旅行。




