カナダで学んだ言語聴覚の分野
高校時代、教育か医療の分野に進もうと思っていた私は悩んだ末に大学は教職を目指して教養学部を専攻しました。その中で、英語の教員免許に必要な言語学の授業で言語障害について知ったことが転機となりました。担当の先生が言語聴覚士の関啓子先生を紹介してくださり、「失語症の患者さんの話」に心を動かされたことが私の仕事の原点です。この頃日本では言語聴覚士がまだ国家資格になっておらず、専門家の育成が遅れていたため、日本より研究が進んでいたカナダを勉強の拠点に選びました。英語が第一言語ではない私にとって、言語聴覚士の養成校への入学はかなりハードルが高く、まずはブリティッシュ・コロンビア大学の言語学部に編入し、そこから養成校を目指すことにしました。苦戦しましたが、幸いにも政府系の給付型奨学金を得ることができ、無事に養成校に入学することができました。その過程で、この分野が言語専門のSpeech-Language-Pathologistと聴覚専門のAudiologistに分かれていることを知り、私は小児難聴児と関わることができるAudiologist(オーディオロジスト)を選択しました。今はこの道を選んで本当によかったと思っています。

海外で直面した多様な経験
海外での学びには言葉の壁がつきものです。アメリカとカナダで暮らした約13年間、当初は英語を聞き取れず、もどかしい思いをしました。何度も聞き返すと相手に嫌な顔をされるのでそれ以上聞けなくなってしまったり、話の内容を推測して曖昧に答えて恥ずかしい思いをしたり。皆が笑っている中、ジョークがわからず孤独を感じたこともあります。でも、振り返ると、それが難聴者の方たちの気持ちを想像するよい経験になったと思います。聞こえづらいとはこういうことなのかと。また、私はカナダでは日本人として、日本に帰国した直後は海外の価値観を持つ少し異質な人として、どちらの文化にもうまく馴染めない経験をしました。難聴者の中には私たちが当たり前に暮らしている“聞こえる社会”にも、“手話文化の社会”にも入れず、居場所がないと感じている人もいます。単に音が聞こえないだけではなく、コミュニティに入れない不安に思いを寄せることができるのも、海外での暮らしを経験したからこそと思います。一方、カナダは多民族国家でさまざまな人種や価値観、宗教観を持つ人々がいます。そこで多様な考え方を尊重することをも学びました。こちらが先回りして決めつけるのではなく、患者さん自身が心境や困りごとを話やすくするような工夫を心がけています。

専門家の養成に力を尽くす役割
小児難聴の分野には「1‐3‐6ゴール」という基準があります。生後1か月目までに聴覚のスクリーニングを実施し、3か月目までに難聴を診断、6か月目までに補聴器の装用を開始するというガイドラインです。こうした早期介入と支援によって3歳までに聴覚を使ったコミュニケーション能力が大きく伸びることがわかっています。けれども、日本はまだ専門家の数が足りず、診断されても適切な介入・療育につながらないケースが多いのです。オーディオロジストの養成が追いついていないことで、ガイドライン通りに進める子どもが少ない現状に焦る気持ちが湧きますが、志を同じくするドクターたちと連携して、専門家のトレーニング体制を整備していけたらと考えています。その一方で、難聴のお子さんを育てる家族同士が支援し合える場を設けています。同じ経験をした親御さんが別の家族にアドバイスしたり、悩みを分かち合ったり。私だけではできない支援を担ってくださるパートナーのような存在です。
私の喜びは人に喜んでもらうこと。つまり、患者さんの喜びが私の喜びです。誠意を持ってつくせば相手に必ず思いが伝わると信じています。
PROFILE
兵庫医科大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
言語聴覚士
矢崎 牧 Maki Yazaki
1999年国際基督教大学卒業。ブリティッシュ・コロンビア大学附属の言語聴覚士養成コースを経てオーディオロジストの資格を取得。カナダの公立病院に勤務後、2005年に帰国。外資系の補聴器・人工内耳メーカーを経て、2014年には北里大学大学院にて医学博士を取得し、2016年から現職。2024年に日本初となるオーディトリーバーバルセラピスト(早期聴覚療育士)の資格を取得。




