01 対物業務から対人業務へシフトする薬剤師の仕事
日本の人口の5人にひとりが75歳以上となるという超高齢化社会の到来は、医療のあり方を大きく変える。病院で最期を迎えるのではなく、最後まで地域で過ごす時代になる。地域包括ケアシステムの構築はそのような社会に対応する仕組みだが、それに伴い、薬剤師の業務も大きく変わりつつある。木下教授はこうした環境変化に着目し、「新たな薬剤師のあり方」をテーマに研究を行っている。

もっとも顕著な変化は、医薬品を扱う対物業務から患者を支える対人業務へシフトしたことだ。「国内の薬局はコンビニの数より多い」と木下教授が言うように、薬局は既にインフラとして地域に根差し始めている。そこで対象となるのは病院に通う患者だけではなく、地域住民全体だ。処方箋に基づく薬の受け渡しにとどまらず、薬局を訪れる人の医療の必要性の判断、地域に暮らす人たちの健康増進のためのセミナーや講演会も行うようになった。また、法律の改正により、服薬の経過確認が義務化され、継続的なフォローとして在宅訪問を行うこともある。つまり、薬剤師の活動領域が外へ向かって広がっている。
実は木下教授は前職の病院勤務時代にも新たな役割を切り開いた経験をしている。薬剤師が病棟に常駐していなかった時代に、初めてその一員となった。病棟業務の中に、薬剤師の視点を入れる。木下教授はその先進的な取り組みを論文にまとめ、国の政策にも影響を与えた。その経験から、「薬剤師の仕事を研究として発信していくのがアカデミアの役割」と語る。

02 チーム医療、データサイエンスへと広がる薬学教育
医療がより高度化、専門化している近年、医療の質を上げるためには多職種の連携が不可欠である。兵庫医科大学は「多職種連携教育」に力を入れている。医師、薬剤師、看護師、理学療法士・作業療法士を目指す学生たちがチームを組み、臨床実習に臨んでいる。木下教授はその指導教員のひとりだ。
チーム医療に求められるものは何か。木下教授は「他職種へのリスペクト」だと言う。他の職種の役割を理解し、円滑にコミュニケーションを図ることは必須だが、大前提として、患者さんへの医療はそれぞれの職種が力を出し合うことで成り立つということを知らなければならない。実際、実習の場では、担当した患者さんをどのようにケアしていくのかチームで意見を出し合い、終了後には互いの専門性と仕事ぶりを称え合う光景も見られる。「専門性を活かしながら、医療チームとして協働し、患者・社会へ貢献すること」を木下教授はこれからの薬剤師に求められる力のひとつと話す。
そして、最近では医療の世界でもデジタル技術への対応が不可欠となっている。DXやAIの導入が進む中、膨大な症例のビッグデータをどのように活用していくのかが課題だ。木下教授は薬学教育においてもITリテラシーが必要だとし、データサイエンスの面から「薬学教育モデル・コア・カリキュラム」の策定に携わっている。かつて、創薬を領域としていた薬剤師の仕事は患者という人の領域へ、そしてさらには医療社会全体へ、時代の急速な変化とともにさらに大きく変わろうとしている。
PROFILE
兵庫医科大学 薬学部 医療薬学科 臨床薬学分野 教授
薬剤師 博士(薬学)
木下 淳 Atsushi Kinoshita
日本薬学教育学会 理事・ICT教育委員会 委員長、薬学教育協議会 薬学教育モデル・コア・カリキュラム改訂のためのワーキンググループ 委員(B社会と薬学)などを担当。 新たな薬剤師業務に注目し、その社会的効果や薬剤師の心理的変化に関する研究を進めている。 令和4年度には「日本私立薬科大学協会 教育賞」を受賞。




